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著名人との対談

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vol.37上杉隆氏 × 山本一郎

上杉隆氏 × 山本一郎

お墓は最大のコミュニティの場

株式会社NOBORDERNEWSTOKYO代表取締役

上杉 隆 氏

株式会社西鶴 代表取締役

山本 一郎

山本上杉さんとは、7月にモンゴルのノモンハンにご一緒させていただき、ノモンハンで私は思ったんですが、日本兵の埋葬のやり方が寂しく感じ。あそこには完全に忘れられた人がたくさんいる。

 

上杉氏:そうでしたね。そもそも海外と比較して日本人は「骨」信仰が強いじゃないですか。故人が確かに存在していたということを世の中に残している唯一の証明が「骨」になるんでしょうね。遺骨の埋まっているところに一緒に行くことによって、遺された家族が繋がるんだなと思います。ノモンハンに行き、政府主導の遺骨収集事業とは違って、日本人の中にある魂の代わりに骨があるという感覚、そのうえで、縦の時間軸の中で世代のつながりや記憶の継承がされ、お墓っていうのが存在しているのかなって改めて感じました。

 

山本:上杉さんは、長崎の出身なんですね。

 

上杉氏:父の故郷が長崎島原です。先祖代々のお墓があるんですけど、正式な墓とは別に家の仏壇だとマリア様が観音菩薩になって入っていたりします。400年前の隠れキリシタンの文化が伝承されながらも、宗教に対しての遠慮というものがいまだ続いており、宗教についてはあまり語らない風習みたいなものがあって、父が死ぬまで本当の宗教や宗派も知りませんでした。

 

山本:そうですか。天草四郎の島原の乱は実は収まっていなかったんですね。

 

上杉氏:そうですね。近い意味では、日本だとお寺は宗派に分かれているじゃないですか。島原ではそれが事実上取り払われているというのは、非常にありそうで無い。確かに公営の霊園とかでは無宗派というのはよくありますけど、そうした境界を超越しているハピネスパークは、ここに来て、インパクトというものがありました。

 

山本:ありがとうございます。長崎もですが、九州はどちらかというと字に金色を入れているところが多いですよね。それは中国から文化の流れではないでしょうか

 

上杉氏:そうなんですか。確かに長崎の家の「上杉家」の文字は金色です。

 

山本:○○家のお墓が金色に染められている。あれはおそらく、長崎では唯一鎖国をしていなかったので、海外の文化が入ってきました。おそらく中国の文化じゃないかなと思います。

 

上杉氏:そうですなんですか。知らなかった。

 

山本:金色が入った文字って、福岡県から鹿児島で見られる文化です。そこから山口県に行くと、なくなってしまうんですね。

 

上杉氏:ここ関西はどうでしたっけ。

 

山本:何も入れないですね。彫ったままなんです。

 

上杉氏:全く気付かずにいましたけど、考えてみると母方の福岡の田舎も金文字ですね。

 

山本:そうでしょう。だから、九州ってそうなんですね。仏壇って意外と形と大きさがどこも似てるんですけど、お墓だけは北海道から鹿児島、沖縄に至るまで全然違いますから、文化が全く異なっているんですね。

 

上杉氏:へー。あとお墓で言うと、父が今から23年前に亡くなったんですが、遺言があって、散骨してほしいと書いてあったんです。父は有明海に面した島原の小さな町で育って、その後東京に来て、死ぬ間際の数年間っていうのは、病気でなかなか田舎に帰れなかったんですね。でもやっぱり最期は田舎の風景を見たいと言い、結局叶わなかったんですが、亡くなったときに遺書が出てきて、「有明海に散骨してくれ」とあったんです。自分の故郷に帰りたかったんでしょう。骨が分身なんですね。上杉家の墓は、(雲仙)普賢岳を背後に抱く形で有明海を見下ろす結構な一等地にあるんですけど、そこに納骨するのんじゃなくて、散骨してくれというのはいろいろと考えさせられました。当時、僕は国会議員の秘書をやっていたんですけど、散骨っていうのはまだ法律的に整っていなくて、厳しかった時代でした。

 

山本:未整備だったからですね。

 

上杉氏:ちょうど石原裕次郎さんが亡くなった年、父の亡くなった年と同じだったかと記憶しています。知己でもある兄の慎太郎から聞いた話なんですが、当初は散骨しようと思っていたそうです。逗子の石原家の反対側の葉山の岬、弟と遊んでいた思い出の土地に碑を作り、森戸神社の先の葉山灯台を改名して裕次郎灯台とし、そこに散骨したいと考えていたそうです。しかし、法務省や神奈川県から絶対だめだと断られたそうなんです。というのも、裕次郎さんは影響力が大きすぎるので、「石原裕次郎が散骨した」となったら、墓地を経営している方たちもそうですけど、たまったもんじゃないってなる。警察からも死体遺棄と同様に対応すると、当時はそんな対応だったらしいんですよ。結局、断念したんですよね。一方で、上杉家はそんな有名ではない。僕が法務省に問い合わせて「それはちょっとやめてください」となりましたが、最終的には、県の条例で認めているとして、有明海に散骨しました。ルールは沿岸500メートルから離れたところで、船か飛行機を出して、住職や神主を乗せて、きちんとした祭事として散骨すること。ただし、全部散骨してはいけない。という中で行いました。ところが、準備はしたんですが、たまたま台風が来て、船が出せなかったんです。それでも一部散骨したのは、父が自然にかえりたいという遺書に遺したこともあり、あとは分骨して、家族と先祖と、父方の祖父母と一緒に納骨しようということになりました。別に、お墓って、一ヶ所に納骨しなくていいんだということをその時に知ったんです。現在は法整備も進み、散骨ができますよね。

 

山本:そうですね。まあ、色々制限があり、全部のお骨はできないですけどね。

 

上杉氏:僕は、弔いの仕方って、樹木葬もそうですけど、いろんな形態があっていいんだと思います。海外に行くといろんな形があるんですよ。それこそ鳥葬もある。そういう意味では、早々と樹木葬のやり方を整えられて、しかもこうやって眺めると、ハピネスパークはお墓とは思えない綺麗さじゃないですか。

 

山本:ありがとうございます。

 

上杉氏:樹木葬の墓地を初めて見たんですけど、これはいいなと思いました。やっぱり、1人1人が選択をして、自分の死後をどうなるかというのは、遺った子孫や家族がそこに集まって、どうやってそのあとの人間関係をつないでいくか、ということが重要なんではないでしょうか。最初に話していた通り、普段でも人が集まる場所としての墓地という概念は、日本ではなかったのではないでしょうか。そういう意味では、自然と親しむのではないですが、この樹木葬のやり方って面白いです。概念を取っ払うと、可能性も色々出てくるなと改めて思いました。

 

山本:ありがとうございます。ただ日本では弊社のように樹木葬専門の霊園はないんですね。

 

上杉氏:そうなんですか。あとは日本は「骨」文化ということもありますね。良いか悪いかは別として、それが日本の伝統なのかもしれませんが、永久に全部お墓を創っていくと日本全国お墓で埋まってしまいますから。そういう意味で新しい埋葬の考え方は大事ですね。

 

山本:もともとお墓も個人墓から夫婦墓になって、家族墓になって、それもさらに崩壊して、これから僕らの業界はどうなっていくと思いますか。

 

上杉氏:お墓は集まれる場所、というのが大事ではないですか。観光地化?とでも言いましょうか。普通にその家族だけではなくて他の人でも入れるようなところがいいんじゃないかと思いますね。たとえば、横浜の外人墓地がありますよね。あそこは観光ルート、散歩ルートに入っています。墓地の前にレストランがあったり、墓地から道路を挟んで反対側にカフェテラスがあり、見えている風景は外人墓地とその奥は横浜の風景ですよ。

 

山本:そこを降りたら中華街に入っていくんですよね。

 

上杉氏:そうですね、反対側には港が見える公園を背にして。ああいう墓地もこれからはありですよね。それに、軽井沢には、六叉路のところから南に行くと、やはり外人墓地があるんです。あそこも横にカフェがありました。墓地を眺めながらカフェって、よく考えてみると他の日本のお墓にはない感覚だと思います。

 

山本:確かに無いですね。適切な不一致ですよね。

 

上杉氏:それが風景になっているっていうのも新しくて良いかなと思います。そう考えると、千年オリーブの森の前にもカフェにした方がいいんじゃないですかね()。「風景のある墓」というのは、いまのところ山本社長の所だけだと思います。他の霊園も、お盆とか彼岸のときだけじゃなく、いつも行きたくなるような設計をしていれば良いと思いますね。これは我が家の話ですけど、長崎で散骨した父の残った骨を、今年の7月1日に東京の築地本願寺に移したんです。去年、家族全員で見学し、東京で一緒に住んでいる母がいま83歳で結構高齢でして、本願寺は家から歩いて5分で行けるので、毎日のように母は築地で買い物をしているのですが、そのついでに寄っているんです。墓参りではなく散歩感覚で。死んだ父親の意見ではなく、100%生きた人間の意見が優勢んされた結果なんですけど、それでいいんではないでしょうか。その築地本願寺にはカフェがあるんですよ。本願寺では朝7時から40分ぐらいお勤めがあるんですね。いまやカフェがお勤めのあとの、近所の人たちのたまり場になってるんです。仲間のいる母も喜んでいます。家族、兄弟も含めて集まりやすいんです。彼岸やお盆だけではなくても、銀座に来たら寄って行って、お参りして、本堂に行って帰ってというのが習慣みたいになりますよね。そうなると常に頭の中にあるわけではなくても、お参りした時は先祖や家族を感じるんですよ。自分もそうですが、小さい頃親父とあそこ行ったよなとか。ちょっと思い出すだけで人とのつながりっていうのを記憶できるのですよね。何を言いたいのかって言うと、お墓は近いところで、もうひとつは、特別な日でなくとも普段から普通に集まれるというコンセプトのお墓というのは、これから求められると思います。ハピネスパークのこのテラスも本当にカフェにしてしまったらいいんじゃないかと思います。普通に集まる場所で、「ここお墓があるの?」ってくらいになると、自分とは縁が無くても「このカフェ好きだから将来はこの墓に入ろう」となりますよね。実際、うちの母親はそうです。築地本願寺(浄土真宗)とは関係なかったですからね。やはり自分の人生の中で居心地の良い場所、空間というのが、命を終えてもそこに居たいと思わせる場所なんですよね。友達もまた来ますし、家族も来るだろうと。カフェとかレストランと先ほどから言っているのはそういうのもあって、人が集まるところにお墓があっていいんじゃないかと。お墓が特別なところで隔離される時代じゃなくて、これからはそういうふうに、融合すれば良いのではないですか。変な話、営業とかしなくても、その人が気に入って「この空気好きだな」「この雰囲気好きだな」とか感じたらそれで充分にお墓を選択する理由になるんじゃないですか。日本の古来からの文化は「禊ぎ」と「穢れ」を分けるけど、今はそういう時代じゃないですよね。当時は単純に伝染病だとかの理由もあってそうしていたと思っています。それをカフェや公園すれば、誰でもが簡単に集まれる空間が、実はお墓であって、というのは実際面白いんじゃないですかね。

 

山本:ありがとうございます。確かに人の集まる場には良い気が流れますから、今後模索していく必要がありますよね、

 

上杉氏:僕は2003年にイラク戦争の取材の途中で事故に遭い、パリの病院などで1年くらい入院とリハビリをしたんです。その時にびっくりしたのは、病院の中にレストランがあり、しかもミシュランの三ツ星なんですよ。入院した時は料理が勝手に出てきたんですけど、意識が戻ってからはメニューがあって選べるんです。病院の中庭にそのレストランがあったんですが、病室から注文すると、そのウェイターが料理を持ってきてくれるんです。病院食なのにめっちゃくっちゃ美味しくて楽しくて、ワインまで飲めるんですよ。「アルコールを飲んでいいのか?」と聞くと、君は怪我で病気じゃないんだから良いだろう、入院中も自分の人生を楽しめよと。日本の病院だとありえない話ですよね。日本だと精神論で、痛いのは当たり前、我慢しなさい!ですけど、向こうではモルヒネをガンガン打ちまくり、痛みも病気のうち、だからまずはそれを治してから病気と向かい合おうね、という感覚なんです。それで、おいしいものを食べて普通の生活をしようとなる。そういえば入院中、日本から家族が来てパリのいろいろなレストランに行ったらしいんですよ。でも、最終的には病院内のレストランが一番おいしかったみたいです。当時は病室から動けなくて知らなかったんですが、後年にそのレストランに行くと、病院と関係ない観光客がたくさん来ていて、おいしいレストランがたまたま病院にある、そういう感じの逆転現象が起きていました。「食」ってやっぱり人を集めるじゃないですか。継続的に集めるのはやっぱり「食」なんですよ。13食あるから。「死」と「食」を一緒ってどうなんだとお叱りを受けるかもしれないですけど、そこはひとつのきっかけになるんじゃないかと。繰り返しになりますけどハピネスパークは絶対カフェにすべきですよ()

 

山本:それは本当にそうですね。病院でレストランというのはとても適切な不一致ですね。病院の患者さんもご飯食べるわけですから。バルセロナでも世界遺産になっているサン・パウ病院にもカフェがあり大繁盛しています。

 

上杉氏:お墓でもできるのでは。死者は食べられませんが、やって来る人は食べられるわけですからね。お墓参りに行くついでにご飯に行こうっていうのがあるじゃないですか、だったら逆にご飯に行くついでにお墓参りに行こうっていうのもいいんじゃないですか。そうなるとだんだん広がってくるわけですよ。1人で行くこともあれば友達と行くこともある。その友達が更に口コミで呼ぶかもしれないですし。そうなると場所とかはあまり関係なく、ちょっとお墓にお茶のみに行かない?と()。口コミで勝手に広報してくれるんです。

 

山本:それは一番いいですね。

 

上杉氏:しかも、うちの母親は80代、僕は50代、妹弟が40代、孫たちもご飯食べに行こうと連れて行きますよね。ちなみに築地本願寺のカフェはデザートがおいしいんですよ、高いけど…。

 

山本:行ったことないのでまた今度行ってみますね。

 

上杉氏:築地本願寺のカフェはいつも観光客で満席です。そうなると子供たちも喜んで、必然的に足が本願寺に向いているわけですよ。あれは良いアイディアだと思います。

 

山本:それは本当に、コミュニティの場の最善の作り方ですね。

 

上杉氏:話は戻りますが、千年オリーブの森にカフェ、これはいけると思いますよ。「千年オリーブカフェ」ってもうそのままネーミングも決まったじゃないですか。あのロゴで、店内に霊園の映像流して全国展開すれば、「なんだこの千年オリーブの森って」となりますよ。で、最後は「千年オリーブの聖地に行こう」って。結構アニメとかでも、いろんな人が聖地巡りだと言ってお寺を訪れていますよね。例えば四ツ谷にある神社はアニメの舞台になって、50年間分の参拝客が1日で訪れるような状況になっているみたいです。これで神社はすごく潤ったとか。諏訪湖を望む大社も聖地巡りで観光客が増えたと聞きます。エヴァンゲリオンで箱根も世界中から人を集めていて。日本の面白いところは、西洋コンプレックスがあるため、外国人が来ると日本人も観光に行くんですよね。外国人なんかは墓地に対するアレルギーは無いので、ワシントンのアーリントン墓地とかきれいじゃないですか。ジョギングコースがあって、一部ではカフェみたいになっており、ああいうスタイルって良いですよ。

 

山本:カフェもひとつのヒントですが、このままでお墓だけやっていたらダメだと思うんですね。せっかくたくさんのお客さんがいるから、その人たちを楽しませることをやっていかないと。

 

上杉氏:イベントみたいなことですか?

 

山本:イベントはよくやっていて、お客さんは集まってくれるんですが、継続して通ってもらえるようにすることですね。先ほどからおっしゃっていただいているように、お年寄りでご主人を亡くし、息子さんたちも出ていった方など、ひとりでは寂しい方でも、毎日ここに来れるような空間としてカフェっていうのは結びつきますね。

 

上杉氏:うちの母は築地本願寺のおかげで毎日人に会えてますから、遊びに行ったら友達のグループがいるわって、そういうコミュニティの場所になっているんですよね。

 

山本:つながりってあると思うんですよ。あるところに通っていたお客さんが亡くなると、その娘さんが「母が良く通っていた」と訪れたり、陸上で言うバトンタッチみたいな。お墓の業界では、ただただお墓のお客さんだけを見ていたら、その人が亡くなると息子娘が分からなくなってしまうんです。つながりをずっと持っていないわけですね。

 

上杉氏:そういうつながりがあると、「今日は○○さんどうしたの?」っていう心配にもつながって、連絡を取ったりする、まさにコミュニティの基本なわけですよね。

 

山本:都会ではだれにも知られず孤独死する方が多いですけど、地方では意外と無いんですよね。お墓でもコミュニティができればいいと思います。あの人1週間姿見せないけどどうしたの?と心配して連絡を取れるような。心配してくれたらその人も嬉しいでしょうし、僕らもほっとしますからね。そういう場を作っていかないといけません。

 

上杉氏:お墓にリピーターがいるのは良いことですね。

 

山本:そうですね。そのためにお花をやっているんですけど、それだけじゃなくてリノベーションしていかないといけないです。

 

上杉氏:ビジネスっていうとやらしいかもしれないですけど、それが生き方の糧となっている人がいると考えると、そういう場を提供するっていうのは良いことなのかもしれませんね。カフェスタンプだってそうじゃないですか。自分も会社の下にあるカフェのスタンプを集めてるんですが、やっぱりこういうのがあるとそこに行くようになるんですよね。カードは増えちゃうんだけども、年配の方ってすごい集めるのが好きですし。

 

山本:弊社の生花販売でもスタンプカードを発行してます。スタンプがスタッフの顔になっていて、20個で1500円のお花がタダになるんです。

 

上杉氏:おお、すごい。お金になるのはもちろんうれしいですけど、今日も来てくれたんですね、というその一言が何よりうれしいですよね。うちの母の場合でも、僕がまだ寝ている間に築地本願寺に行ってきて、帰ってきてから僕に報告して、今日も行ってきたんだというとそれが嬉しいみたいですからね。小さなことの方が皆さん集まったりする行動するきっかけになるみたいです。自然に人を集める手段ですね。その結果としてお金が回るというのはもちろん悪いことではないし、そもそも仏教の成り立ちからして、寄付というかお布施が仏陀の教えで基本にあるし、人から恵んでもらい、別のことにその有効な時間を使うということが善ですからね。

 

山本:うちの道場では血液型を聞く理由があるんです。昔事故があって輸血が足りなかったことがあったんです。その時に一軒ずつ心当たりに電話して訪ねていって、大変なことになったんです。それから、血液型を知っていればその人に連絡すればいいので、聞くようにしています。

 

山本:今日はたくさん貴重なお話しありがとうございました。最後にお墓に対する上杉さんなりのキャッチコピーを教えていただけますか。

 

上杉氏:そうですね。形とは別に人を集めるシンボルとかコミュニティとしての場がお墓ですかね。今までは家族を集める場だったんですけど、これからの時代はお墓っていうのは家族のつながりが薄くなっていき、コミュニティごとに細分化されている社会では、人をつなぐツールの最強の場になる可能性もあるわけです。なぜなら死はすべての人に共通だし、1度しか訪れないものですから誰もが思考の対象にしやすい。「死」に対して普通に向き合えるっていうのは教育上もいいのかなって。日本では死を遠ざけすぎているので逆に残虐性が強くなっている気がするんです。これはメディアもそうです。たとえば、日本だけなんですよ、放送中に死体を映さないのは。ぼかしとかをいれていると、死にたいする恐怖感が薄くなってしまうんですよね。海外のニュース番組を見ていると映し出されることがあって、「あ、これが死だ。」と子供達でも向き合うことができるんです。生きている以上平等に必ず訪れるものですから、死に向き合う場を作り、垣根を低くすることは大事です。もちろん境界というのはあった方がいいんでしょうけど、家族のつながりとかコミュニティとのつながりとか。昨日お参りしていた人が今日亡くなっているよとか、一緒にカフェにいた人が墓参りに行こうかっていうことが最大の供養になりますよね。人の集まる場としての役割というのが形は変えるけど、その役割を果たすのがお墓であってもいいんじゃないかと思います。そういう意味で、「お墓」っていうネーミングも変えた方がいいかもしれませんね()

 

山本:そうですね。たしかに。「墓」っていう漢字は草冠に日が当たって大きな土のもとにって何か意味があるような気もしますけどね。

 

上杉氏:あるいは墓っていうそのもののイメージ、コンセプトを変えることですかね。

 

山本:今までと逆のことをやっているというだけではあるんですけど。

 

上杉氏:こういうことを考え話しているだけでもお墓っていうものに対する概念が本当に変わりますね。お墓に対するアレルギーっていうのがなくなると思います。それが業界全体へのプラスになるんじゃないかと思います。

 

山本:良かったのは同業者と仲良くしなかったことだと思います。仲良くなり過ぎたらやめてとか言われて創りたいものが創れなかったと思いますから。

 

上杉氏:新しい時代を創る人っていうのは同時代では絶対に異質な人です。人と同じことをしていたら変わらないわけだから、時代が流れていくなかでそういった人は認められていくだけですからね。空海だって当時からしたら破天荒な人ですよね。ゴーダマ・シッダールタだってもともとヒンドゥーのクシャトリヤから出てきて女房と子供を捨て悟りを開いて、結果、時代を変えてますよね。時代を変える人ってやっぱり新しいことをやっている人だから。僕もメディアからたたかれているんですよ。メディアって影響力が強いから嫌われてるってことになっていますけど、メディアの人にばっかり嫌われてるんですよね。なぜかというと彼らのやり方が古くなっているので新しいことをやろうと言っているにすぎない。といっても新しいことでもないんですよ。僕がニューヨークタイムズで学んだ3年間のことを、「これが世界標準なんだ、これやろう」って20年前に言い出してずーっと同じことを言い続けているだけなんです。叩かれているのはわかっているんですよ。テレビに出ていて影響力があったから叩かれていたんでしょうけど。そこには嫉妬の部分もあり、自分たちもこういう新しいことをやりたかったから叩かれていると了解したんです。山本さんとは業界は違いますけど、やっていること自体は多分一緒ですね。そういう人達が集まっていろんなことをやって別に革命を起こすわけではないので素直に新しいことをやればいいんです。霊園とメディアと業種は違うけど、より良く、過ごしやすい社会を創るという目標は一緒だと思うんですよ。

 

山本:またよろしくお願いします。ありがとうございました。

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