著名人との対談

VOL.29

山本成樹 氏 × 山本一郎

病院にまだお坊さんがいないのと言われる時代が早く来て欲しい

山本成樹 氏 × 山本一郎

対談相手のご紹介

山本成樹 氏 × 山本一郎

あそかビハーラ病院 常駐僧侶(ビハーラ僧)

山本成樹

naruki yamamoto

対談の様子

山本:

今日はよろしくお願いします。
山本先生が病気による痛みや辛さをやわらげる緩和ケアに携わっていらっしゃるのですが、それを始められたきっかけを教えて頂けますか。

 

山本成樹氏:

私は仏教系の大学在学中にあるお寺のお手伝いをしていました。法事で寝たきりのお年寄りの方の自宅を訪ねる機会がありました。法事の時その方が手を合わせたかったみたいだったのですが、家の一番奥の部屋に移動させられ疑問を感じていました。また以前から医療やリハビリの関係に興味がありその仏教系の大学卒業後にリハビリ関係の大学も卒業し、しばらくはリハビリ関係の仕事をしていました。そして弟がお寺を建立し一緒に活動をしていたところ、現在勤めている病院で働いている僧侶から声がかかり緩和ケアに関わりを持つようになりました。

 

山本:

そうなのですね。今寿命が延びて緩和ケアに行かれる方がかなり増えていると思うのですが。

 

山本成樹氏:

ただみなさん緩和ケアが死に場所とイメージされていらっしゃいます。しかし実は緩和ケアは生ききる場所なのです。今日できることを今日するだけでは不十分で、近未来を含めて今日を考える必要があります。例えば1週間後に誕生日を迎える患者さんは、先取りして今日誕生日会を行うなどしています。それは患者さんの病状の変化は予想以上に速いからです。

 

山本:

実際に緩和ケアを施されて元気になられた方もたくさんいらっしゃるのではないのでしょうか。

 

山本成樹氏:

痛みや苦しみを緩和することで、元気になられたように思われますが病状は進行しています。予後においては、緩和ケアを受けている人は、抗がん剤治療を続けて受けている人と比べて平均1か月半寿命が長いという研究データもあります。実際ある大学病院で余命半年宣告を受けた方が、抗がん剤治療をやめて当院に移っていらっしゃったことがあります。当院に2年いらっしゃって自力で歩いていらっしゃいました。緩和ケアは痛みや苦しみを緩和するだけでなく、本来はその後またはその先をケアすることです。つまり痛みや苦しみが緩和した後で、もう一度家族とあそこへ行ってみたい、あの人に会いに行ってみたいということ、そのもう一度が実現できることが緩和ケアになります。

 

山本:

先生が患者さんのお話を聞かれる時、長い時間がかかったりすると思うのですが、どのようなところに気をつけてお話を聞かれていらっしゃいますか。

 

山本成樹氏:

患者さんが主語になるようにという思いを大切にしています。患者さんの話を聞くときは、患者さんが何を言いたいか、またどういう思いで語っていらっしゃるかを意識して患者さんに寄り添い傾聴するようにしています。例えば患者さんが死にたいといわれると、その思いをそのまま聞かせていただいています。死という言葉が話のなかででてきたときでもこちらがそれに対して右往左往するのではなく、宗教者も医療者も死生観をしっかり持ってそれを押しつけるわけでもなく患者さんが主語になるようにしています。

 

山本:

人間は必ず死ぬということは誰にも避けられないことだと思います。
最後に先生に出会うことによって、長生きできたりもっと安らぐことができたりすることができると思うのですが、なぜ仏教界は緩和ケアに力を入れないのでしょうか?

 

山本成樹氏:

日本の文化のなかに仏教=死とういうイメージが強くあるので、僧侶の恰好をして一般の病院を歩くと縁起でもないと言われます。しかし元々聖徳太子の時代には四箇院といって敬田院、施薬院、療病院、悲田院がお寺にはありました。つまり医療も福祉も一緒にお寺が関わっていました。現在は細分化されて医療や福祉とは切り離され、僧侶は葬式、法事だけになっていて、僧侶=死というイメージになっていると思います。

 

 

山本:

本当はそうではないと思いますけどね。戦後まではお寺のお坊さんが地域の教育者という役割でしたし。

 

山本成樹氏:

そうですね。そういう歴史もありましたが、今では教育者という役割も薄れ、なかなかビハーラという観点からしましても、今のままでは医療、福祉を含めた僧侶という役割は難しいと思います。緩和ケアについてはホスピスという言葉の方が日常的によく使われます。ホスピスはラテン語ホスピティウムを起源とし、キリスト教の考え方になります。仏教ではビハーラといいます。1985年にこの言葉が提唱され、仏教者も医療福祉の領域においても活動できるようになりました。いまようやくビハーラという言葉が言われるようになったのですが、わたしの考えとしてはビハーラという言葉が無くなって欲しいと考えています。ビハーラと良く言われるということはまだまだ定着していないということで、定着してしまえばその言葉は言われなくなると思います。聖徳太子の時代にそうであったように元々は本来やるべき僧侶の活動だと考えます。いつしか病院にまだお坊さんがいないのと言われる時代が早く来て欲しいと思っています。

山本:

浄土真宗の僧侶の方が衣の色が黒だと病院に行きにくいと言われるのですが、気を遣いすぎているのではないかと思います。

 

山本成樹氏:

ただ一度にそういうことを進めていくとアレルギーを引き起こすと思います。そういったことが自然になるのには時間が必要だと思います。わたしは今、あそかビハーラ病院という浄土真宗本願寺派が設立した緩和ケア病棟で働いていますが、そのような活動が少しずつ認められている感じがします。別の一般の病院から週1回僧侶として来て欲しいという依頼があり伺っています。そういう形で医療の領域にも僧侶が関わっていけるようになるといいと思います。ただ僧侶が張り切りすぎて主語が患者さんでなく僧侶にならないように、患者さんやその家族の状態を十分理解したうえで対応することが大事だと思います。その例えでよく言われるのが「仏教者くずかご論」です。患者さんやその家族の心を吐き出すところがないと心がパンパンになります。医療者ではない僧侶がその患者さんの思いを傾聴できるくずかごになれる。くずかごは決して自己主張せず、部屋の片隅で静かに待機している存在でいいのかなと思います。

 

山本:

先生の言われることは本当に素晴らしいことだと思います。でも人と会いたくないと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

山本成樹氏:

そうですね。そうすると関わらなくて良いかというとそうではありません。わたしが働いている病院では病室から庭が見えるのですが、そこで僧侶が草引きをする。直接関わらなくてもそういう姿を患者さんが病室から見て安心できる環境づくりをすることも大事だと思います。顔を見て話をする関わり方もありますが間接的な関わり方もありいろいろだと思います。患者さんを大切にする、相手の立場になることが一番大事だと思います。また亡くなった患者さんの命はけがれたものではなく、仏様として迎えさせていただくので、わたしの働いている病院では患者さんが亡くなった時すべての患者さんが顔を隠さず表玄関から帰られます。医者、看護師、事務員、ボランティアの出勤している全員が玄関まで出て車が見えなくなるまで頭を下げてお見送りをさせていただいています。面会に来られた他の家族の方がそういう姿を見られると、「うちの家族もああいう形で見送ってもらえるのですね」と逆に喜ばれるケースがあります。死を忌み嫌うことは全くありません。

 

山本:

わたしも裏玄関から帰った経験が何度かありますが、看護師さんを立たせて逃げるように帰らせる感じがします。この病院で亡くなったことをわからないように、また入院している患者さんが自分の命が残り少ないと思われないように病院としては配慮されていらっしゃるのでしょうが、家族からすると酷な感じがします。なぜ死を忌み嫌うようになったのでしょうか。

 

山本成樹氏:

死が見えなくなってきたからでしょうか。昔は家で死を迎えるということが普通でしたが、いまは病院で看取られることが8割を超えるようになって死というものが見えなくなりました。

 

山本:

確かに死は忌み嫌われてはいるかもしれませんが、死は悲しいもので昔はお葬式を村中で行ったりみんなで助け合ったり弔問したりするということがあったと思います。1990年代のバブル経済のころからおかしくなってきたような気がします。

 

山本成樹氏:

僧侶自身がきちんとしないと絶対に伝わらないと思います。ある門徒の奥様がご主人の納骨の時に移動の手段がなく、わたしが運転手として同行させてもらった時の話です。奥様が息子や孫の代までお仏壇やお墓を守ってくれるだろうかとお話しされました。「いくらお金を出して立派なお仏壇を家に迎えて、お墓を建てても、それが単なる家具や石碑としてだけでは息子さんにも伝わらないと思います。」とお話しました。奥様自身がお仏壇、お墓にどう向かっているか、自分自身がぶれない思いを持たないと伝わっていかないですと厳しいお話をさせていただきました。帰りの車の中ではお互い沈黙だったのですがその後電話があり「お金のことばかりを言っていて、大切なことを忘れていました、言いにくいことを言ってくださってありがとうございました」ということでほっとしました。

 

山本:

仏壇は家の繁栄の象徴とも言われましたが、和室には仏壇や掛け軸があるのがある種のステータスだったのですが、タンスが家から無くなってきているように仏壇も同様に考えられているのが大変残念です。

 

山本成樹氏:

お仏壇と言えば浄土真宗では500年前から、それ以前は掛け軸としてかけられていました。門徒の方で仏壇のおかざりが間違っているときがあります。その時は僧侶自身がきちんと活動していないという鏡だと思っています。その時は自分自身を正すつもりで、「大変申し訳ないのですが本来はこのようにおかざりをします。」とかえさせていただきます。

 

山本:

わたしの業界は、お墓、仏壇、葬式、僧侶のバランスが悪いために、これから高齢者が増えて亡くなっていく方が増えていくのに苦労していると思います。本来先生がされていらっしゃる緩和ケアは地域の先生のお坊さんの役割であり、それが変わってきてしまったというとことだと思います。

 

山本成樹氏:

お仏壇お墓を粗末にするとそれを見て育っている子供がそれ以上のことはしません。なぜなら子供はその姿を見ているので間違いなくそうなります。

 

山本:

最近亡くなっても家にも連れて帰らず直葬し、お骨も拾わず帰られるという話をよく耳にします。親も周りも良くないのでしょうね。

 

山本成樹氏:

お経は鏡のごとしと言われるのですが、実際私たちが鏡を見るときは自分の気に入ったところしか見ず、自分の嫌いなところは見ないというところがあります。何を大事にするかを僧侶自身が教えを聞くのも大事ですけど、教えに聞く、教えに尋ねていくことが大事だとも思っています。
また、会うということは顔を見て声を聞いて話をするということもありますが、その人の思いに触れてその願いに気づかされその人が大事にしていたものを受け取るという意味もあると思います。思い出は過去形ではなく現在進行形だと思います。亡くなった親が生前こう言っていたなとか、親が生きていたらこう言うかなとか、お墓をご縁に親の生前の言葉に出会って歩んでいるときは、思い出を現在進行形にしています。

 

山本:

今日はいろいろありがとうございました。