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vol.26和泉元彌 氏 × 和泉節子 氏 × 山本一郎

和泉元彌 氏 × 和泉節子 氏 × 山本一郎

死とは、信じ託すことだと思いました。

山本:

今日はどうぞよろしくお願いします。
私どもはお墓のお仕事をさせていただいていて、伝統のある仕事だと認識しています。
日本で庶民がお墓を建てるようになったのは、江戸時代の末期からになります。文献によると、お墓については大宝律令で決められ、武士、貴族しかお墓が建てられなかったようです。ただ、伝統的に1000年以上前からお墓はあります。
狂言も伝統ある文化で、歴史はどのくらいになるのですか。

 

和泉元彌氏:

和泉流宗家の狂言は、2016年で578年目を迎えます。当時の都、京都を中心に誕生した流儀になります。お寺や神社にある過去帳をたどると、ご縁のあった土地に名前やお墓があることがわかり、私が20代になります。

 

山本:

子供の頃から狂言の世界に入られて違和感はありませんでしたか。

 

和泉元彌氏:

1才半の物心つく前から狂言の稽古が始まりました。1才半と言えば外の世界は全く知らない時期ですので、全く違和感なく成長してきました。記憶の中には狂言が自然にありました。環境は大事ですね。
また今でも、地獄と極楽があると私は信じています。私が小さかった頃、活版印刷で和紙に印刷した地獄と極楽の絵をよく見せられていました。悪いことをしたら誰かが見ていて地獄に行くと、周りの大人が言うだけでなく、見せてくれていることが良かったです。狂言の世界では、型があり伝統の心が流れている世界なので、理解して覚えるということではないと思います。心が純粋な時から、将来狂言師として生きていくためにこうあるべきという当たり前の環境を整えてもらい本当に感謝しています。

 

山本:

驚異の情操教育ですね。

 

和泉節子氏:

子供が小さい頃から、家族で一緒によくお墓参りをしました。和泉流宗家のお墓は、初代から6代までが京都のお寺に、7代からは尾張徳川家の庇護を受けて「山脇和泉守(やまわきいずみのかみ)」という称号と、100石のふちをいただいておりましたので、名古屋のお寺にあります。1995年に先代が亡くなって、お寺の住職の方と相談し、倶会一処の塔、先代のお墓、代々の墓誌を東京に建てました。
とにかくご先祖があって、今の私たちがある。お仏壇の前では、座って手を合わすもの。口で言うより、親がその姿を見せていくことが大切です。よく幼稚園や保育園から小学校・中学校・高校などでお話をさせていただく機会がありますが、園児はすぐ笑いますが、高校生くらいになると頭で考えて笑います。感受性が高いのは小さい時ですね。

 

和泉元彌氏:

先ほどの話にもあったように和泉流宗家のお墓を東京にまとめました。お寺の住職の方からは、東京にまとめたので京都や名古屋に行かれなくても大丈夫ですと言われるのですが、この3か所には毎年3回はお墓参りに行くようにしています。

 

山本:

狂言は長い歴史があり、これからも続くものだと思います。伝統のあるものはなかなかなくならないのではないかと思います。

 

和泉元彌氏:

そう言っていただくのは大変ありがたいことです。狂言がなくならないと信じて下さる方々がいらっしゃるので、なくならないのだと思います。でも、何もせずにそのままにしておくと、いくら伝統といえども、消えてなくなると思います。伝統芸能は、観ていただく方がいらっしゃって、演者が努力、研鑽を積んでいくから残っています。
狂言は、師匠から弟子に直接口頭で伝える「口伝」という方法が用いられます。まずは型を、そして生身の人間が向かい合って、狂言に流れている心が伝えられていきます。「心意伝承」です。狂言では人間の心が核となり、それがよりどころとなっています。狂言とは型と心を受け継いでいる芸能だと思います。

 

山本:

宗教で言うと密教と似ているところがあります。密教では、直接人伝えで教えを繋いでいくようです。またエジプトのピラミッドの中を案内する人も、案内の仕方を紙に書いて教えるのでなく、直接人から人に教えるようです。

 

和泉節子氏:

狂言の世界では子供も必死で、親も含めた一家全員、全身全霊で取り組むことが必要です。そうでなければ、子供が思春期に、いろいろなことに興味を持ち始め、例えば海外に留学してみたいということになってしまいます。留学が悪いとは全く思いませんが、稽古をしっかりする時期には、そのことに集中することが大切です。本人の狂言師としてやっていくという思い、心、そして繋いでいくこと、自分のエネルギーを持ちこたえる師匠、家族を始め周囲の協力がないと伝統文化は残していけません。

 

 

山本:

和泉元彌さん、お子様が留学したいと言われたらどうされますか。

 

和泉元彌氏:

どうしましょうね。狂言の稽古が毎日あり、休めないので一緒について行きますかね。土台をつくる時期に、つくっておくことが大事です。そうしないと、土台ができていないうちに外からの刺激を受けて、栄養にならずに土台を崩すきっかけになってしまいます。将来何かで芽を出そうとすれば、土台がしっかりしてないと、せっかく種をまいても花が咲かないですから。

 

和泉節子氏:

狂言の世界では男性が中心でしたが、狂言和泉流の流是には、女性を禁止しているという決まりはありませんでした。そのような世界で、和泉淳子は狂言師としてやっていくために厳しい修行をして、狂言界初の女性狂言師となりました。先日、東京の国立能楽堂で、「花子」を和泉淳子が、英語狂言「KAMINARI」を十世三宅藤九郎がやらせていただきました。

 

和泉元彌氏:

十世三宅藤九郎が、英語狂言を制作するきっかけは、3年前にアメリカの州立大学から世界の文化芸術を学ぶ授業に招聘されたことです。オーディションを通過した学生さんに3ヶ月狂言の指導をして、講義の発表を一般公演されるというカリキュラムでした。
狂言は口伝ですので、日本語の台本を姉の十世三宅藤九郎が英語に翻訳しました。日本人が外国人に英語で狂言を教える機会をいただきました。そのようなことがきっかけで、今回の英語狂言上演となりました。この公演をご覧になった方には大好評でした。未来の扉を開けるきかっけになりました。
伝統芸能を観に来て下さる皆さんは、昔から生きた形で残っていることに感動され、共感されます。共感されないものでは、たとえ伝統芸能でも、残ってはいきません。伝統芸能にも誕生した時があり、その時には伝統はありません。結果として約600年残っています。今の時代それを受けて英語狂言ができあがりました。私は姉達を見ていて、歴史に残る人たちだろうと思います。十世三宅藤九郎は、留学したことがないのに英語で狂言ができるんです。

 

山本:

大河ドラマ北条時宗に出演されていらっしゃったのはおいくつの時ですか。

 

和泉元彌氏:

25才の時になります。子役の方から時宗14才でバトンタッチして亡くなるまでの約20年を演じさせていただきました。狂言ではある特定の人物を描くことはほとんどないので、人の生涯を演じたことは非常に貴重な経験です。大河ドラマを通じて、死とは何かを考えました。死とは、信じ託すことだと思いました。
人は亡くなるとき、何か握って持っていくことはできません。私が亡くなった後に、この人がいる。その人に信じ託すことが幸せな死だと思いました。私自身が受け継いだものを受け渡していくこと、信じられたものを今度は信じて託して行こうと思っています。
 よく先代の父のことを思い出すのですが、もしかしたら毎日稽古場のそばにいるのではないか、家のどこかにいるのではないかと思います。それが、仏壇であり、お墓という形のあるものだと思っています。

 

山本:

今までのお話を聞いて、伝統は土台が大切ということを感じました。我々の会社も土台をきちんとしていかなければならない時期だと思っています。

 

和泉節子氏:

日本では近年少子化で、お墓の面倒を見る人がいなくてという話をよく聞きます。昔は息子さんがお墓を継ぐということが一般的でしたが、娘さんがお墓を継がれてもいいと思います。元を手繰れば同じで、元は一家族。お墓は自分の心のよりどころ、そこに行けば落ち着く、そういうことを考えて教育して欲しいですね。
 最近お墓を持たない人も増えていらっしゃるとよく聞くのですが、どうですか。

 

山本:

そうですね。確かにお墓を必要と思われていない方がいらっしゃるのは確かです。ちなみに、法的な決まりはないので、最近は火葬場でお骨を処分してもらう方も一部あるようです。または、お骨を宅配便でお寺に直接送って合祀してもらうサービスがあります。

 

 

和泉元彌氏:

お骨を一旦処分してしまうと、あとから思い直しても、戻す事はできませんよね。

 

和泉節子氏:

この世で何十年生きた証が法名なりお墓なりで残すことは大切です。亡くなってからの世界を考えないので、残忍な事件が多いのもしれませんね。命の尊さ、尊敬、尊重、信頼、礼儀、礼法、羞恥心が、当たり前になってはじめて娑婆世界で人が落ち着くのではないでしょうか。

 

山本:

お寺や神社を含めて地域の先生がいないのが問題なのでしょうね。

 

和泉元彌氏:

表向きはすごくきれいに整備されていますが、そこで忘れてしまっていることがあるのでしょうね。

 

山本:

先ほどお話いただいた型と心なのでしょうね。世界でなくなるものはそのうちなくなってしまうと思うのですが、お墓は世界中にあります。また中国では空前のお墓ブームで、裕福な方はみなさんお墓を建てるようです。海外では産業革命後、日本ではバブル経済の時、人は裕福になると感謝するようになるのではないでしょうか。今日はどうもありがとうございました。

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