トレンチコートの歴史
投稿日:2026年10月27日
秋も一段と深まり、朝夕の冷え込みとともに園内の木々が鮮やかな赤や黄色に染まり始めてまいりました。澄み渡る秋空のもと、ひんやりとした秋風が吹き抜ける園内を歩いていると、季節の確かな移ろいを感じます。
本日は、肌寒い季節の定番であり、大人のワードローブに欠かせない「トレンチコート」に秘められた歴史をお伝えしていきます。
「トレンチコート」のルーツ
今ではエレガントな街着の代名詞であるトレンチコートですが、その誕生は20世紀初頭の第一次世界大戦時に遡ります。「トレンチ」とは英語で「塹壕(ざんごう:戦場で身を隠すために掘られた溝)」を意味します。
湿冷な環境や激しい雨風から身体を守るため、イギリスの老舗ブランド(バーバリーやアクアスキュータムなど)が開発した高密度な防水綿生地(ギャバジン)のコートがその始まりでした。
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ガンフラップ(胸元の当て布) 水滴や雨が服の中に侵入するのを防ぎ、衝撃を和らげるために付けられました。
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Dリング(ベルトについているD型の金具) 当時は水筒や必要な小道具を引っかけたり留めたりするための実用的なパーツでした。
私たちが何気なく目にしているデザインのディテール一つひとつに、過酷な環境を生き抜くための機能性と職人の工夫が詰まっているのです。
トレンチコートの広がり
戦後、この機能的なコートをファッションの世界へと連れ出したのは、映画の中のヒロインたちでした。
映画『カサブランカ』のハンフリー・ボガートをはじめ、『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘップバーンが雨の中でトレンチコートを纏った姿は、世界中の女性たちを魅了しました。
それまでエレガントなドレスや柔らかい服が中心だった女性のファッションに、トレンチコートは「自立した女性の凛とした強さ」という新しい美しさを与えてくれたのです。
また、仕立ての良いトレンチコートは、丁寧にお入れをすれば何十年と着続けることができます。「お母様が若い頃に着ていたコートを、娘様が少し袖をまくって今の気分で羽織る」。そんな風に世代を超えて受け継がれるプロセスも、この服が持つ大きな魅力です。
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