火葬はいつから始まったのか? 仏教とともに広がった歴史
投稿日:2026年07月19日
こんにちは。千年オリーブの森(京阪奈墓地公園内)の福井です。
現在の日本では、人が亡くなったあと火葬を行い、ご遺骨をお墓や納骨堂などに納める流れが一般的です。
私たちにとっては当たり前のように感じられる火葬ですが、かつての日本では、遺体を棺に納めてそのまま埋葬する土葬が主流でした。死後に火葬する習慣が一般的になったのは、江戸時代後期から明治時代初期といわれています。今回は、日本における火葬の歴史をたどっていきます。
文献上最初の火葬は、飛鳥時代の僧・道昭
日本で記録上はっきり確認できる最初の火葬は、文武天皇4年、つまり西暦700年に亡くなった僧・道昭の火葬だとされています。
道昭は遣唐使として中国へ渡り、仏教を学んだ人物です。没した際に火葬で葬るよう遺言を残しており、『続日本紀』には、「天下の火葬これよりして始まる」と記されています。その3年後、大宝3年には持統天皇が天皇として初めて火葬されたと記されています。
仏教伝来前の火葬例もいくつか確認されていますが、習俗としては7世紀末~8世紀ごろ、仏教文化と共に始まったという説が一般的です。
なぜ火葬は仏教と関係が深いのか
仏教の開祖であるお釈迦さまも、亡くなったあと火葬されたと伝えられています。そのため、仏教が広がるなかで、火葬は「仏教的な葬法」として受け入れられていきました。
ただし、当時の日本で火葬がすぐに一般化したわけではなく、主に僧侶や皇族、貴族など仏教との関わりが深い上層の人々から広まっていきました。
明治時代には、一時的に火葬が禁止されたことも
意外に思われるかもしれませんが、日本では明治時代に一時、火葬が禁止されたことがあります。
明治6年、1873年に太政官布告によって火葬が全面的に禁止されました。この背景には、明治政府による神道国教化政策や、仏教を排斥する廃仏毀釈の流れがありました。火葬は仏教的な葬法と見なされ、問題視されたのです。
しかし、火葬を禁止すると、都市部では土葬のための墓地が不足する問題が起こりました。また、衛生面からも火葬の必要性が見直されるようになります。
そのため、火葬禁止は長く続かず、明治8年、1875年には廃止されました。
現在の日本では
現在の日本では、火葬がほぼ一般的な葬送方法となっています。厚生労働省の資料でも、今日の日本における葬法は、火葬の割合がほぼ100%を占めていると説明されています。
また、現在は法律によって、火葬は火葬場以外の施設で行ってはならないこと、埋葬や火葬には市町村長の許可が必要であることなどが定められています。
つまり、昔は宗教的・文化的な意味合いが強かった火葬も、現代では法律や公衆衛生、地域の葬送環境の中で整えられた制度として行われているのです。
まとめ
現在では、火葬は日本の葬送においてごく一般的な方法となっています。
けれど、その背景には、仏教の教え、時代ごとの死生観、土地や衛生の問題、法律の整備など、さまざまな歴史が重なっています。
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