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月を見る文化

こんにちは。ハピネスパーク交野霊園の荻本です

秋が近づいてきましたね。

月見

秋になると、夜空に浮かぶ月を眺める「お月見」の季節がやってきます。
お月見といえば、月見団子やすすきをお供えして、きれいな月を楽しむ行事として知られています。

では、この月を見る文化は、いつごろから始まったのでしょうか。

お月見の風習は、もともと中国から伝わった文化が始まりとされています。日本では平安時代ごろに貴族の間で広まり、その後、江戸時代には庶民にも親しまれる行事となりました。

1. お月見の始まりは中国の「中秋節」

所説は様々ですが、月を見る文化のもとになったのは、中国の「中秋節」といわれています。

中秋節とは、旧暦8月15日に美しい月を眺め、秋の実りに感謝する行事です。中国では、唐の時代である7世紀から10世紀ごろに、月を愛でる風習が広まったとされています。

旧暦8月15日の月は「中秋の名月」と呼ばれ、1年の中でも特に美しい月として大切にされてきました。

この中秋の月を楽しむ風習が日本へ伝わり、現在のお月見文化につながっていきました。

2. 日本では平安時代に貴族の文化として広まった

所説は様々ですが日本でお月見の文化が広まったのは、平安時代ごろとされています。

当時のお月見は、今のように月見団子をお供えして家族で楽しむというよりも、貴族たちの優雅な行事でした。
貴族たちは、月を眺めながら和歌を詠んだり、音楽を楽しんだり、宴を開いたりしていました。

また、空に浮かぶ月を直接見るだけでなく、池の水面や盃のお酒に映った月を眺めて楽しんだともいわれています。

月をただ眺めるだけでなく、月の美しさを言葉や音楽で表現するところに、平安時代らしい風情があります。

3. 江戸時代には庶民にも広がり、収穫への感謝の行事に

所説は様々ですが平安時代には貴族の楽しみだったお月見ですが、江戸時代になると庶民の間にも広まっていきました。

庶民にとってのお月見は、月を眺めて楽しむだけではありませんでした。
秋は稲や作物の収穫時期でもあるため、自然の恵みに感謝し、翌年の豊作を願う意味も込められるようになりました。

そのため、お月見では月見団子や里芋、すすきなどをお供えする風習が生まれました。
月見団子は満月を表し、すすきは稲穂に見立てて飾られることがあります。

現在のお月見には、月の美しさを楽しむ気持ちと、収穫への感謝の気持ちの両方が込められています。

まとめ

様々な所説はありますが

お月見は、ただ月を眺めるだけの行事ではありません。
美しい月を見上げながら、自然の恵みやご先祖様から受け継がれてきた暮らしに感謝する、日本らしい季節の風習です。

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この記事を書いた人

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