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お花見の歴史

こんにちは!ハピネスパーク牧野の四ツ辻です。

今回は、もうすぐ開花を迎える桜にちなみ、お花見の歴史をご紹介します。

今年の開花予想は?

まず、今年の桜の開花予想をお知らせします。

 

都道府県 開花予想日 満開予想日
大阪府 3/24 4/2
滋賀県 3/29 4/5
京都府 3/21 3/31
兵庫県 3/28 4/5
奈良県 3/26 4/4
和歌山県 3/24 4/2

参照:https://tenki.jp/sakura/6/

 

例年より2~5日ほど早い開花・満開となる予想です。

テレビやネットで天気予報をこまめにチェックしてみてくださいね。

 

時代とともに移り変わったお花見の歴史

ここからは、お花見が時代とともにどのように変化していったのかをご紹介します。

奈良時代

お花見の起源は奈良時代に梅を眺めながら歌を詠んだり花見の宴を行ったことにあると言われています。当時は中国からの影響を強く受けていた時代であったため、花見の対象は桜ではなく中国から伝わった梅だったそうです。

この時代は花見は貴族の楽しみで、静かに季節の変化を楽しむ行事だったようです。

平安時代

当時の中国:唐に派遣されていた遣唐使が廃止され、日本独自の文化を重んじる時代へと変化しました。その変化に伴い、花見の対象が桜へと変化したそう。

812年に嵯峨天皇が京都の「神泉苑」という庭園で行った「花節の宴」が、記録に残っている最古の花見の行事として伝えられています。紫式部が記した『源氏物語』にも桜を愛でる場面が登場しています。

鎌倉時代・室町時代

武士が台頭し派遣を握った鎌倉時代・室町時代。武士の間でも花見の文化が広がりました。

平安時代までは貴族が歌を詠むことが花見の形式でしたが、このころから宴会を開く形式へと変化します。

今日桜の名所として有名な吉野や醍醐を花見で訪れるようになったのもこの時代とされています。

江戸時代

江戸時代に入り、ようやく庶民にもお花見の文化が浸透しはじめました。今でもおなじみのことわざ、「花より団子」が生まれたのはこの江戸時代の中期です。

桜を楽しむだけでなく、食事やお酒を楽しむ行事として広まりました。

明治時代

この頃、日本で現在主流となっているソメイヨシノが全国各地に植えられました。また、1912年には当時の東京市長・尾崎行雄がアメリカ・ワシントンへ日米友好の証としてソメイヨシノを送りました。

 

こうして辿ると、花見というのは1,000年以上の歴史を持つ文化であることがわかります。

目の前の桜を楽しむのはもちろん、遠い昔から伝えられてきたことにも思いをはせてみてはいかがでしょうか?

この記事を書いた人

株式会社西鶴

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