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西本願寺と東本願寺の違い?

こんにちは、牧野霊園矢野です。
今日は、西本願寺と東本願寺の違いについてお勉強致しました(^_^;)
実は、この西と東の違いが何なのか?疑問に思いお勉強が始まりました。
もともとはひとつの浄土真宗本願寺が東西に分かれた原因、元亀元年9月12日(1570年10月11日)から天正8年8月2日(1580年9月10日)までの10年間浄土真宗本願寺勢力(一向一揆)と織田信長と大坂石山本願寺(現大阪城の前にあったお城)の戦い。(この時浄土真宗はとても強かったそうです)

よく一揆を仕掛け、武士にとっては難儀な宗派だったわけです・・・
石山本願寺は火事により、明け渡すことになったのですが、そこに目をつけたのが、豊臣秀吉だったんです!(^_^;)
 
攻めにくいことを知っていたので、自分がこの地を取れば、相手に攻められないことを熟知していたわけです。そして秀吉は、大阪湾から流れて来る清水が潤沢に摂れることも知っていたのでした。(*^_^*)

その後本願寺は2つに別れ、本願寺派と呼ばれる宗派が、世間的にいわれるお西さん。そして大谷派と呼ばれるのが、お東さんとよばれます。現在は堀川通にあるのが、西本願寺。そして烏丸通にあるのが東本願寺です。

↑東本願寺

↑西本願寺
滋賀県大津市には、現在も石山本願寺というお寺があります。(*^_^*)

今と違って、武士の政権との駆け引きがお寺さんのその後を占う大事な局面であったので、当時のお寺さんは、正に命懸けだったんですね。。。(^_^;)