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通夜の形で今も残っている殯(もがり)とは?

殯(もがり)とは日本古代に行われていた葬儀儀礼です。

棺の中に遺体を長期間にわたり仮安置しておき、遺体の腐敗・白骨化を目で見て確認することで改めて死を確認するものです。現代で例えるなら、亡くなってから埋葬する前までの流れを指しています。

さらに続けますと、仮安置すると同時に「別れを惜しみ、死者の霊魂を畏れ、かつ慰め、死者の復活を願いつつも遺体の腐敗・白骨化を確認……」となります。

殯が行われている期間に遺体を安置する建物、場所を「殯宮」(「もがりのみや」、万葉集では、「あらきのみや」)といいます。

 

殯(もがり)の風習

古くからの日本の葬儀の伝統的な風習です。殯は大化の改新以前は高貴な身分の人々から庶民まで広く行われていました。646年(大化2年)に制定された「薄葬令」により、庶民の厚葬が禁じられ、殯も厚葬のひとつと判断されたため、庶民の殯は行えなくなったのです。その後は高貴な身分の人が行う儀礼として、今も天皇家には受け継がれています。

 

殯(もがり)の儀

身分が高いほど殯の期間は長くなります。最長で3年という期間、安置されることも一般的でした。安置された遺体は殯の期間中、歌や舞が捧げられたとされています。死者の妻子や兄弟は殯の期間、外部とのつながりを一切断ち、白布の服を身につけて常に寄り添うように過ごしていました。遺体に食事を与え、共に生活をしていたのです。殯の期間を経て、安置された遺体は棺から出され、洗骨し清められます。そして占いにより吉日を導き、その日を本葬の日としました。

安置された遺体は月日の経過とともに腐敗し、白骨化していきます。目で見て取れる遺体の変化を確認することで、遺族は亡くなった人が復活しないことを悟り、確信に変えて死を受け入れていました。長い殯の期間を設けることで、残された遺族は死を受け入れることができたのでしょう。遺族にとっては、なくてはならない必要な時間だったのかもしれません。

 

まとめ

現代では当たり前の流れとなっている通夜の形は、日本古来の殯を短縮・簡素化したものといえるでしょう。一般で殯のような長い期間を設けることはありませんが、通夜の流れは忠実に殯を再現しています。日本人が古代より遺体を大切に扱ってきた形そのものです。死者を手厚く弔い、死者に寄り添う姿勢が殯という葬儀儀礼であり、日本人の習慣として今もなお、通夜という形で残された大切な儀式であるといえるでしょう。

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